多分、15年ぶりに大宮駅周辺を歩いた。
9:40に到着した。東口を出た。高島屋側だ。駅の周りの店は、まだ、あまり開いておらず、取り敢えず、氷川神社に行ってみることにした。
中央通りをまーっすぐ歩いた。参道までは記憶してたよりずっと遠かった。大きなマンションが出来ていて昔あったデパートやお店がなくなっていた。
最早、何があったか思い出せず、モヤモヤしながら参道に向かってとぼとぼ歩いた。
15年前はお賽銭を入れてお参りすればご利益があるとちょっぴり思っていた。呆れるほど馬鹿だった。転職が上手くいくようにと、俺は1万円を賽銭箱に入れた。その後、人の弱みにつけ込んでお金を稼ぐ神社仏閣、宗教全般を恨むようになった。
新卒で入った会社を3年勤めて退職し、大宮のソニックシティビルにあるパソコンのスクールに通った。毎日行って動画を見せるだけのろくでもないところだった。お金を払った分の動画を見終えると、1ヶ月ぐらい経っていて、自分で就職活動をした。スクールから資格の紹介や就活のアドバイスは一切無かった。その辺もしっかり調べて無料体験レッスンなども受けて入れば良かったと後悔はしたけどお金は返ってくるはずもなかった。
当時、職が決まらず何度か氷川神社にお参りに来ては境内で時間をやり過ごしたりしていた。それ以来だ。
ちなみにお参りの後、程なくして決まった印刷会社はめちゃめちゃブラックで2年でリストラされた。学校選びも会社選びも適当に済ませてしまった自分が嫌になった。
15年経つと色々変わっていると予想していた。しかし、久しぶりの氷川神社は大きくて、昔のままだった。
久々に行った場所に対して、小さく感じたり、寂れている事に気付いたり、どちらかというとマイナスな印象を受けることが多いが、ここは参道も長く感じたし、綺麗に清掃されていて立派なものだった。
職を失って学校や神社に金を騙し取られた感じの俺は、何もすることが無くなった。参道のベンチに座って図書館で借りた本を読んだり、野田線を柏まで行ったり来たりした。
実家に戻っていた。
家で引きこもれば親も心配する。1ヶ月が過ぎて動画は見終えた。スクールには行くことも出来無くてなんだかよくわからない事になって、抜け出せなくなっていた。
暇で街をぶらついても何にも買えない。服屋のある一の宮通りはよく素通りした。
最初のうちは幾らか貯えがあったから喫茶店でブレンドを頼んで長いするぐらいは出来た。ベローチェは安くて助かった。
当時、本を借りていた参道沿いの図書館は移転するらしく、もう中には入れなくなっていた。建物だけがまだ取り壊されずに残っていた。死骸を見ているような気分だった。
大宮駅から中央通りを通って二の鳥居をくぐり、ようやく三の鳥居に着く頃には足に疲れが溜まっていた。ただ、ここからもまだ湧水の池があったり神社がいくつかあったり、見せ場が多い。二千年前から変わらずに在り続ける凄みを感じる。
ちなみに一の鳥居は一駅離れたさいたま新都心駅に至る。参道の全長は2kmで日本一である。一度歩いた事があるが、歩くともっと長く感じる。参道はケヤキの並木道で、夏でも日陰を通ることが出来る。この道をまっすぐ歩いたらどこに着くのかと思い二の鳥居から一の鳥居に向かってひたすら歩いた。本殿を背にしてただただ歩いた。途中、参道なのに道路になり車が走ったりする。一の鳥居が見えて、その向こうにさいたま新都心駅、そのまた向こうにスーパーアリーナが現れて、ちょっとした達成感を味わうことが出来た。
境内に話を戻すと、三の鳥居をくぐると神社が六社もあり池が五ヶ所、ちょっとしたテーマパークである。イロハモミジやケヤキの紅葉がこの時期は美しく、それが池の水面に映り、池に架かる赤い橋も映り込み、カメラを向ける人が散見される。簡単に言うと、すっごいインスタばえスポット。
あまり人か行かない蛇の池では子ども達がザリガニを釣っていた。
境内では菊の展覧会をやっていた。あとは七五三の祈祷を受ける家族が多くいた。
帰りは中央通りではなく一ノ宮通りを通り駅に向かった。